大学を運営する法人の不手際によって、学部再編が失敗したにもかかわらず、既存の教員を解雇することが許されるのか――。学部の再編や統廃合が今後進むことが予想される私立大学の教員にとって、今後を左右しかねない裁判の一審判決が今年7月、奈良地方裁判所で開かれた。

 被告は奈良学園大学を運営する学校法人奈良学園。原告は、奈良学園大学で教授などを務めていた元専任教員6人と、再雇用で勤務していた教員2人のあわせて8人。8人は2017年3月末に大学を解雇され、翌月、地位確認などを求めて奈良学園を提訴していた。翌年、原告の1人は他大学に職を得て訴訟を取り下げた。

 3年にわたる審理の結果、判決では再雇用の元教員2人の訴えは退けられたものの、奈良学園に対し5人の元専任教員の解雇無効と、あわせて1億2000万円以上の支払いを命じた。

 しかし、現時点でも問題は解決に至っていない。判決を受けて原告側は、解雇の無効や復職について話し合いでの解決を求めたが、奈良学園側は拒否。お互いに大阪高裁に控訴し、平行線が続いている。判決が示した重要な点と、問題の背景を取材した。

 

「大学教員全体にとって意義がある判決」

「奈良地裁の判決は、私たちの解雇が労働契約法で定められている解雇の条件を欠いていると認定しました。さらに、大学教員は高度の専門性を有するものであるから、地位の保障を受け取ることができると示してくれました。この判決に感激しています」

 2017年3月末に奈良学園大学を解雇され、原告の1人として裁判を闘ってきた川本正知さんは、奈良地裁による判決をかみしめた。解雇の無効を求めて提訴してから丸3年以上が経って、ようやく言い渡された判決は、再雇用だった元教員2人の訴えは退けられたものの、川本さんら5人の元専任教員の主張をほぼ全面的に認める内容だった。

 裁判では奈良学園による解雇が、人員削減の必要性、解雇回避の努力、人選の合理性、手続きの相当性など、労働契約法16条で定める整理解雇の4要素を満たしているのかどうかが検討された。その結果、判決は川本さんら5人の元専任教員の解雇は、客観的に合理的な理由がなく、通念上相当であるとは認められないと結論づけた。

 さらに判決では、大学教員は高度の専門性を有する者であるから、教育基本法9条2項の規定に照らしても、基本的に大学教員としての地位の保障を受けることができると判断。一審の段階ではあるが、無期労働契約を締結した大学教員を一方的に解雇することはできないことを示したのだ。

「少子化による財政悪化により、全国の大学で安易な学部・学科の統廃合が行われるなかで、学校法人に対して教員の雇用継続について責任ある対応を迫る判断として、大きな意義があると感じています」

 川本さんがこう語るのは、学校法人が学部の再編に失敗したことが背景にあるものの、その失敗が川本さんら教員側には何ら瑕疵のないものだったからだ。

 

学部再編失敗で教員を大量リストラ

奈良学園大学の学部再編の失敗と、川本さんらが提訴に至る経緯は、この連載でも2年前に触れた(リンク『奈良学園大学、学部再編失敗で教員一斉強制解雇…学部新設で虚偽申請も』)。

 奈良学園大学は2011年頃から学部の再編を計画。人間教育学部、保健医療学部の新設と、従来のビジネス学部と情報学部を再編して、新たに現代社会学部を設置しようとしていた。

 しかし、文部科学省に2学部の新設は認められたものの、現代社会学部については要件を満たしていないとして2013年8月に文科省から「警告」を受ける。すると奈良学園は、現代社会学部新設の申請を取り下げる一方、従来の2学部の廃止を決定。その結果の「過員」を理由に約40人の教員に転退職を迫り、大量リストラを実行したのだ。

 川本さんらは労働組合を結成し、奈良県労働委員会にあっせんを申請。労働委員会からあっせん案が示されたが、奈良学園は応じることなく退職勧奨を理事会で決定。2017年3月末で解雇が強行されたことから、川本さんらは翌月提訴した。

理事会が責任を取る仕組みがない

そもそも奈良学園大学の再編計画は、ほとんどの教員が知らないところで進められていた。

 学部を再編する際、一般的には教員が新たな学部のカリキュラムなどを検討する。ところが奈良学園は、教員にまったく相談しなかった。理事会は外部理事と相談しながら決定し、コンサルタント会社に委託して計画を推し進めたと川本さんは説明する。その結果、文科省から「警告」を受けたのだから、学部再編の失敗は理事会に責任がある。にもかかわらず、理事会の責任はまったく不問に付し、大学は既存の教員をリストラしたのだ。

 奈良学園の失敗は、現代社会学部の件が初めてではない。奈良学園大学に名称を変更する前の奈良産業大学では、2006年に「関西科学大学」の設立を申請したが、申請書類に虚偽の記載があったことを文科省から指摘され取り下げ。その際、すでに200人以上の入学者の内定を出していたが大きな問題となり、文科省から処分を受けた。

 さらに翌年には、別の問題も発覚した。「関西科学大学」の設立申請の際には、既存の法学部、経済学部、経営学部をビジネス学部に改組転換するための申請もおこなっていた。ところが、理事に故人の名前があるなどの申請書類の虚偽記載や、虚偽の教員名簿を提出していたことなどが発覚。不正の全容が学内調査委員会によって明らかにされた。にもかかわらず法人の理事会はそれを隠蔽し、文科省の裁可を仰ごうとしなかった。

 度重なる問題を起こしても、法人や大学の幹部は責任を取ってこなかった。川本さんは、学校法人の仕組みに不備があるのではないかと指摘する。

「経営者には経営の自由があると思います。一方で、問題が起きたときには、株式会社であれば株主総会で経営陣の責任が追及されるでしょう。しかし、学校法人の理事会は、問題を起こしても責任を取る仕組みがありません。

 学校法人の運営は、公的資金を得て、税制上も優遇されています。学校法人は営利企業とは設立趣旨がまったく異なるからです。社会的な役割から高い倫理観が要求されるはずです。それなのに責任をとることのない経営の自由が認められていることに疑問を感じます」

 理事会の権限は、文科省による大学ガバナンス改革によって強化されてきた。2004年の私立学校法改正では、それまで教授会で検討されてきた教員の採用や解雇が理事会の権限でできるようになった。さらに2015年の学校教育法改正では、教授会が大学の重要事項を決定する機関から、学長の諮問機関のような存在に格下げされた。つまり、理事会や学長のやりたい放題が可能になったのだ。これらの法改正によって、理事会や学長の暴走による混乱が全国の大学で多発しているといっていいだろう。

 理事会側に問題があったとしても、責任を追及する仕組みがないのはなぜか。文科省の担当課に聞くと、これらの法律は理事会自らが問題を起こすことを想定していない「性善説」を前提にしている、という答えが返ってきた。理事会が暴走しても止める手だてがなく、裁判闘争をするしかないのが現実なのだ。

 

判決後も奈良学園は話し合いでの解決に応じず

しかし、裁判で理事会側が敗訴しても、理事の構成が変わらなければ、方針はそう簡単には転換しないだろう。奈良地裁の判決を受けて、原告は大学への復職と解雇や雇い止めについて、話し合いで解決するように奈良学園に求めた。

 この求めを奈良学園は拒否。判決についても「学園の主張が一部認められたものの、5名の教員の解雇が無効とされたことは本学園として到底受け入れられるものではありません」として、大阪高裁に控訴したことを7月31日にホームページで明らかにした。

 原告側も、再雇用の元教員2人の解雇無効を求めて控訴。原告7人のうち、他の大学で専任教員として働けるようになったのは1人だけで、問題が解決する見通しは経っていない。

 川本さんは、1989年に奈良学園大学の前身である奈良産業大学に講師として勤務し、1999年から教授の立場にあった。長年勤務してきた川本さんは、理事会自身が奈良学園を傷つけていると憤る。

「理事会による学部再編の失敗や大量リストラは、教員に被害を与えただけではありません。最も大きな被害を受けているのは奈良学園という組織です。どんな失策や組織に対する背任行為、背信行為をしても彼らが責任をとることはありません。なぜそんなことが許されるのでしょうか」

 奈良学園大学の大量解雇をめぐる裁判は、まだ一審が終わったばかりだ。しかし、今回の地裁判決は、大学の専任教員を安易には解雇できないことを示すと同時に、これまで国が進めてきた大学ガバナンス改革の歪みを浮き彫りにしたのではないだろうか。

(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)